第36号 2011年09月6日
メルマガ vol.36 「ケーススタディ⑮~IAS36資産の減損

 

 今回のメールマガジンでは「IAS36資産の減損」を取り上げます。

 J-GAAP とIFRS(IAS36)では減損という事象の認識に対する理論的な考え方の相違があり、この点からいくつかの重要なルールの差異が生じてきます。J-GAAPと比較するとIFRSにおいてはより早い段階で減損損失が認識される傾向があることや減損損失の戻入(のれんを除く)を要求する点は、J-GAAP とIAS36の減損という事象の認識に対する考え方の相違から導かれるものです。

【J-GAAPとIFRSの減損の認識に対するアプローチの相違】
○ J-GAAP(及び米国基準SFAS141):蓋然性基準・・・減損している蓋然性(probability)が高い場合に減損損失を認識する考え方
○ IFRS(IAS36):経済性基準・・・回収可能価額が帳簿価額を下回る場合に直ちに減損損失を認識する考え方

 IAS36が経済性基準を採用しているのは、将来の経済的便益の減少についての情報を適時に反映させることができ、それは財務諸表利用者にとって有用な情報を提供できること等を論拠とします。

そして、このような減損という事象の認識に対する考え方の相違により減損会計適用のステップの相違が導かれます。


 J-GAAPでは、減損の認識にあたり割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額の比較というハードルが設けられている点が特徴的です。これは、割引前将来キャッシュ・フローの総額が資産の帳簿価額を下回る場合には、減損の存在が相当程度に確実である(減損の蓋然性が高い)と考えられるからです。
 このような減損会計の適用に対するステップの違いがありますから、IFRS初度適用時には、各資産についてIFRSの規準に基づく減損の判定を行う必要があり、これによって減損損失の遡及的計上が必要となるケースや、逆に過年度に認識された減損損失の戻入の要否の検討が必要となるケースも考えられます。(注1)

 さて、IFRSとJ-GAAPの理論的な背景と減損会計適用のステップの相違を簡潔に押さえたところで、資産の減損に係るいくつかの実務上の論点を取り上げ、IFRS適用企業の開示例を検討してみたいと思います。

減損の兆候~PBR<1のケース
 IAS36号では減損の兆候を、外部の情報源・内部の情報源・子会社、共同支配会社又は関連会社からの配当に分類し、減損の兆候の評価にあたり最低限考慮すべき事項を示しています(IAS36.12)。これらについてはJ-GAAPのように「資産の市場価格が著しく下落したとは、市場価格が帳簿価格から50%程度以上下落した場合が該当する」(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針15項、89項参照)というような具体的な数値基準がないこと等も一つのポイントではありますが、今回注目したいのは別の規定です。
外部の情報源として、次の規定があります。

企業の純資産の帳簿価額が、その企業の株式の時価総額を超えている。(IAS36.12 (d))

 この規定は、企業の株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回っている状況は、市場は企業が過大評価されていると考えていることを意味するため、減損の兆候にあたるということを示しています。この規定はJ-GAAPには存在しない考え方であり、また、日本経済新聞のデータによると、近時の日本企業のPBRはこの1倍を下回っている企業が多いことが分かります(もちろん非経常的な要因として、アメリカ国債の信用不安を背景とした急激な円高による株価の下落の影響があることは否めませんが・・・)。


 この規定と日本企業の低調なPBRを根拠に、「IFRSを適用した場合にはPBRが低い企業は、減損の兆候として認識する必要がある」と主張されることがあります。しかし、この規定をそのまま適用してしまうと多くの上場企業が減損テストを毎年実施することが求められ、実務上大変な負担となると思いますし、そのような作業を行うことは現実的とは思えません。

 では、この規定に対して実務上どのように対応すればよいのでしょうか?
  まず、一つ目の対応として、当該兆候にあてはまった場合であっても、他の減損の兆候が無いようであれば、株価が会社の資産によりもたらされる収益性以外の要因で低くなっている可能性や企業の資本構成に特殊性があること等を理論づけて、減損の兆候がないものとして減損テストを行わないという対応をとることができると思います。
 また、二つ目の対応として、減損テストを一度行った上で、CGU(資金生成単位)の回収可能価額を算出し、将来キャッシュ・フローが帳簿価額を十分に上回っていることを確認した上で、その翌年以降はその後の事象によって回収可能価額が減殺されていないことを確認することをもって、減損の兆候なしとするという対応も考えられます。
 つまり、PBRが1以下であっても即座に減損損失を認識しなければならない訳ではなく、資産の減損の兆候が無いことを他の要因でしっかり説明できれば特に問題ないといえますので、そのためのロジックを組んでおく必要があります。

将来キャッシュ・フローの見積り期間・成長率の仮定
 さて、減損損失の測定に際しては、回収可能価額(使用価値)の算定にあたり将来キャッシュ・フローを見積る必要がありますが、この将来キャッシュ・フローの見積りについては「最長でも5年」の予算及び予測を基にして見積ることが要求されています(IAS36.35なお、将来キャッシュ・フローの予測自体が5年に制限されるという意味ではありません)。
 ただし、たとえ経営者(取締役会等)が5年超の経営計画に承認を与えていたとしていたとしても、5年超のキャッシュ・フローの見積りについては、契約等の客観的根拠に基づき正当化できない限り、当該経営計画はそのまま使用することはできないと考えられる点に留意が必要です(よほどの理論的・客観的根拠がない限り、6年目以降についてキャッシュ・フローが大きく逓増するということは認められないと思います)。
 表現を変えると、5年間は経営者により承認された予算を使い、6年目以降については経営者の予測ではなく、成長率をゼロとして5年目と同じキャッシュ・フローを使う、またはその業界の平均成長率等を用いたキャッシュ・フローを使う、ということになると考えられます。

成長率の仮定にも留意が必要です。IAS36には次のような規定があります。

 直近の予算/予測の期間を超えたキャッシュ・フローの予測は、逓増率が正当化できる場合を除き、後続の年度に対し一定の又は逓減する成長率を使用した予算/予測に基づくキャッシュ・フロー予測を推測して延長することにより、見積らなければならない。この成長率は、より高い成長率を正当化しえない限り、当該製品、産業又は企業が活動している単数又は複数国の、又は資産が使用されている市場の、長期平均成長率を超えてはならない(IAS36.33(c))

 J-GAAPでは、キャッシュ・フローの予測期間を超過した期間に使用する成長率について市場平均との相関性についての記述がなく、市場平均を超えた成長率が使用される場合もありますので、これからIPOを予定しているベンチャー企業等、これから成長期を向かえる企業においては特に注意が必要です。

 それでは、将来キャッシュ・フローの見積り及び成長率の仮定等について、2011年3月期の有価証券報告書をIFRSベースで開示した住友商事の開示例を見てみましょう。

使用価値は、マネジメントが承認した事業計画と成長率を基礎としたキャッシュ・フローの見積額を現在価値に割引いて算定しております。事業計画は原則として5年を限度としており、業界の将来の趨勢に関するマネジメントの評価と過去のデータを反映したものであり、外部情報及び内部情報に基づき作成しております。成長率は、資金生成単位が属する市場もしくは国の長期平均成長率を勘案して決定しております。当社は市場もしくは国の長期平均成長率を超過する成長率は用いておりません(国内:最大で1%程度、海外:最大で5%程度)。割引率は、各資金生成単位の加重平均資本コストもしくは資本コスト等を基礎に算定しております(国内:3%~11%程度、海外:3%~19%程度)。
なお、上記2件の減損判定に用いた主要な仮定が合理的に予測可能な範囲で変化したとしても、マネジメントは当該資金生成単位において、重要な減損が発生する可能性は低いと判断しております。(下線は筆者)
(出所:住友商事株式会社2011年3月期有価証券報告書)

 
 なお、上記の開示例の最後のパラグラフは注目する必要があります。IAS36.134.135では回収可能価額の算定にあたり、経営者が基礎とした主要な仮定に合理的な変更の可能性がある場合の注記が求められており、この注記の記載に際しては様々な経済環境の予測等のシミュレーションが必要になると考えられ、作業量の増大が見込まれるからです。

割引率
 次に、将来キャッシュ・フローを現在価値に割引く際に用いる割引率について少しだけ触れておきたいと思います。割引率はわずかな違いであっても、結果として算定される使用価値(現在価値)・減損損失の金額が大きく変わってしまうため、減損会計の適用において会計監査上も論点となることが多い非常に重要なポイントです。

 割引率の考え方自体はJ-GAAPとIFRSに大きな相違はありませんが、IAS36では、適切
な割引率の選定に際しての比較的詳細な指針もあるため注意が必要です(IAS36.A17~)。
最後にこの割引率に関する注記の開示例を見てみましょう。


 日本企業の開示例を見ると、割引率については単一の割引率を用いて使用価値を算定している企業が多く見受けられますが、IFRS適用時にはより詳細な開示が求められることも考えられます。

【参考文献】
●アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(中巻)」(2010年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●新日本有限責任監査法人編著「完全比較 国際会計基準と日本基準」(2009年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●平松一夫編著「国際財務報告論―会計基準の収斂と新たな展開」(2007年 中央経済社)


注1)遡及修正が必要となるケースや、過去に多額の減損損失が計上されていて戻入が必要
となるケースではこれを処理できるように、固定資産システム上の対応が必要となる可能性もあります。

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