第38号 2011年10月11日
メルマガ vol.38 「ケーススタディ⑰ 外貨換算~IAS21・IFRIC16(1)」
今回のメールマガジンでは、外貨換算に関する内容としてIAS21号「外国為替レートの変動の影響」を中心にIFRIC16号「在外営業活動体(注1)に対する純投資のヘッジ」を取り上げます。
これらの基準に関しては、そもそも基準自体の内容が難しくまた、日本基準(J-GAAP)との差異についても理解しにくい(例えば、J-GAAPには「機能通貨」の概念がない)ため実務上の論点は多岐にわたります。そのため外貨換算に関しては、今回(38号)と次回(39号)の2回に分割して解説したいと思います。

今回のメールマガジン(38号)では上記の論点のうち「機能通貨の決定」と「在外営業活動体に対する純投資額(純投資額の範囲)」、「IFRS初度適用と累積換算差額(為替換算調整勘定)」を取り上げます。
機能通貨とIFRSにおける「外貨建取引」‐機能通貨の決定プロセスを文章化
外貨換算会計についてのIFRS対応の中で最も基礎的かつ重要な論点はIFRSにおける「機能通貨」の概念の理解です。
機能通貨とは企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨をいいます(IAS21.8)。IFRSにおいて外貨建取引とは「機能通貨以外の通貨」による取引をいい、この外貨建取引は当初認識時に機能通貨に換算替えすることが求められています。
IAS21号は、グループ企業ごと(個々の事業単位)にそれぞれの機能通貨を決定(注2)し、当該機能通貨で外貨建て取引を当初換算することを定めており、機能通貨を適切に決定することが特に重要となります。
下記は、IAS21が規定する機能通貨決定の指針をフローチャート化したものです。

このフローチャートからも分かるように、機能通貨の決定プロセスは複数の要因や指標が絡み合っており、基本となる取引、事象及び状況について個別に判定した結果、複数の機能通貨が候補にあがるなどことも想定されます。特に在外子会社が多いグループ企業や、通貨の異なる複数の国と貿易取引を行っている企業においては、実務上単一の機能通貨を決定するのが難しい場合があります。このような場合には、親会社が主体となって質問状の送付等により在外営業活動体の取引実態の分析・把握をし、機能通貨の決定手続を行うことで、グループ内で一貫した判断がなされることを担保することがポイントです。
また、機能通貨が現地通貨と異なる場合、会計帳簿への記帳を機能通貨で行う必要があるので、現地税法等の要請で現地通貨での財務諸表も作成する場合などは、現地通貨と機能通貨について二重帳簿形式で記帳を行うなどの対応が必要になる可能性もあります。このような場合には、システム的な対応が必要となることも想定されますので留意が必要です。
なお、機能通貨の決定にあたって、IAS21号第9項の規定(売上・仕入に関連する通貨)の基本的要因から機能通貨が明確にならない場合には、機能通貨を決定するために検討した要因を含めその決定内容について詳細に文書化しておくことが重要だと考えられます。
企業環境に大きな変化がない限り、売上・仕入に関連する通貨が変更されることは稀であると思いますが、このような文書化を行っておくことにより、企業環境が大きく変化した場合においても企業が機能通貨の是非をより適切に判断できることが可能となります。また、IFRSベースでの会計監査対応という点からも機能通貨の決定プロセスを適切に文書化しておくことは有用だといえます。
「在外営業活動体に対する純投資額(純投資額の範囲)」‐貸付金の内容検討
次に、「在外営業活動体に対する純投資額(純投資額の範囲)」について考えてみたいと思います。何やら難しそうな名称がついていますが、それほど難解な論点ではありません。
一言でこの論点を述べると「在外子会社等に対する長期貸付金等から生じる換算差額を為替換算調整勘定として認識することになるかもしれない(P/Lヒットさせない)。」ということです。
在外営業活動体に対する純投資額(以下単に「純投資額」とします)とは、「当該営業活動体の純資産に対する、報告企業の持分額」(IAS21.8)と定義され、「企業は在外営業活動体に対する受取債権あるいは支払債務となる貨幣性項目を有していることがあり、決済が計画されておらず、かつ、予見可能な将来においても決済が行われそうにない貨幣性項目は、実質的に在外営業活動体に対する企業の純投資額の一部となる」(IAS21.15)とされています。よって、在外営業活動体に対する債権・債務(貨幣性項目)の一部がここでいう「純投資額」に含まれる結果となる場合には、この債権・債務から生じる為替換算差額をIFRS連結財務諸表上その他の包括利益として認識することとなります(IAS21.32)。
在外営業活動に対する債権・債務(貨幣性項目)がこの「純投資額」に含まれるか否かの判断のポイントは次の2点にあります(2要件を満たせば「純投資額」に含まれる)

では、どのような場合にある債権・債務(貨幣性項目)がこの「純投資額」に含まれるのでしょうか?
基本的に返済期限の定めのある貸付・借入金は決済が計画されており、決済が発生するために「純投資額」に含まれることはないでしょう。
但し、返済期限の定めのある貸付・借入金であっても親会社(貸手)が満期日において当該貸付金の貸付を更新する、もしくは借手(子会社)の資本に振り替えることを戦略的に決定している場合(注3)には、当該貸付は実質的に在外営業活動体に対する「純投資額」の一部である(投資回収の意図が存在しない)と判断される可能性があります。
理論的な考え方としては、親会社(貸手)に、投資回収の意図が認められないのであれば当該債権は投資のリスクから解放されていないので、投資から生じる換算差額は未実現項目(その他の包括利益)として取り扱うべきということになります。
実務上、子会社に対する短期貸付金を資金援助として毎年更新して同額(もしくは実情に合わせて微増減させた額で)を貸付けているケースがありますので、留意が必要です。
また、「ここでいう貨幣性項目には長期債権や貸付金が含まれるが、営業債権及び営業債務は含まれない」(IAS21.15)という規定がありますが、営業債権・債務であっても上記の要件を満たす場合には「純投資額」に含めることがあり得ると考えられます。なぜなら、法的な形式(勘定科目名称)よりも経済的な実質に重きを置くIFRS全体の趣旨からすれば、形式的には営業債権・債務であっても経済的な実質という観点から考えれば長期債権・貸付金であると判断されるべきだからです。
結局のところ、子会社に対する貸付の目的が長期的な戦略投資である場合には、「資金提供に際してのグループ内貸付に関する特定の返済条件ではなく、当該投資及びその最終的な回収に関する企業の全社的な意図(注4)」を考慮して、当該貸付金が「純投資額」に含まれるか否かを判断することになります。
なお、このような在外子会社とのいわゆる外貨建て親子ローンによる通貨マッチングは本稿の最後で述べる純投資ヘッジの一種であり、為替リスク管理上も一考に値します。
IFRS初度適用と為替換算調整勘定‐期首利益剰余金への影響を考慮
さて少し視点を変えて、IFRSを初度適用した場合の為替換算調整に係る免除規定について簡単に解説したいと思います。
IFRS初度適用時には、在外営業活動体の累積換算差額(為替換算調整勘定)をIFRSに基づき遡及的に再計算することが原則的な処理ですが、通常この作業は実務上の負担が大きすぎて遡及修正ができないケースが大半であろうと考えられます。このため、IFRS初度適用企業では、すべての在外営業活動体に係る累積換算差額(為替換算調整勘定)をIFRS適用日でゼロとみなす(ゼロにする)という遡及適用に関する免除規定があります(IFRS1.付録D.13)。
この免除規定については、日本企業でIFRSを適用している4社のうちの3社(HOYA、住友商事、日本板硝子)がIFRS初度適用に際して適用していることを明記しています(注5)。また、「適用可能である限り、調査対象となった151社すべての初度適用企業が当該免除規定を利用した」(注6)(ICAEW(イングランド・ウェールズ勅許会計士協会)による2005年度EU初度適用企業の調査結果)とする報告もあり、日本企業が今後IFRSを初度適用するに際しても、ほぼすべての企業がこの規定を適用するものと考えられます。
但し、当該免除規定を適用する際には、開始財政状態計算書に及ぼす影響を十分に理解しておく必要があります。すなわち、遡及免除規定を適用した場合には、日本基準上の為替換算調整勘定(関連する税効果及び少数株主持分を含む)が期首の利益剰余金に振り替えられることとなり、連結上の利益剰余金が大きく増減する可能性があることに注意が必要です。特に昨今の「超」円高傾向により大幅なマイナスの為替換算調整勘定が発生している企業も多いと考えられますから、IFRS初度適用のインパクトを考える際には重要な項目です。
最後に、この免除規定について2012年3月期第1四半期よりIFRSを適用している日本板硝子株式会社の開示例を見ておきましょう。

為替リスク管理‐純投資ヘッジ
さて、「超」円高傾向とそれに伴う日本企業による対外直接投資の増加により、日本企業が為替変動により受ける財務的なリスクはますます大きくなっているといえます。従って、為替変動に対するリスク管理が非常に重要になるわけですが、為替リスク管理においては損益計算書に計上される為替差損だけでなく、連結上の純資産(資本)を直接毀損する要因となる為替換算調整勘定の管理も非常に重要です。具体的な管理手法としては、為替換算調整勘定の発生原因となる在外営業活動体の純資産(資本)の縮小(例:利益剰余金からの配当を行い親会社にキャッシュとして還流させる)やいわゆる純投資ヘッジの実施(例:親会社が外貨建ての借入金を行うことで資産と負債のマッチングを行う)が考えられます。
特に純投資ヘッジについてはIFRIC16がヘッジとして適格な合意事項の範囲(合意事項1)及び企業グループ内でのヘッジ手段の保有先(合意事項2)を明らかにしたこともあり、IFRS適用時には為替リスク管理の点において、改めて純投資ヘッジの役割について一考する必要があると思います。
IFRIC16の解説も含め、この点は次回のメールマガジンで取り上げます。
【参考文献】
●アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(上巻)」(2010年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●新日本有限責任監査法人編著「完全比較 国際会計基準と日本基準」(2009年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」(2010年 清文社)
●新日本有限監査法人編「勘定科目別 IFRS適用の実務ポイント」(2009年 中央経済社)
●みずほコーポレート銀行産業調査部「Mizuho Industry Focus vol.93 日本企業における為替換算調整勘定への対応―IFRS/包括利益導
(注1) IFRSにおける在外営業活動体には、子会社・関連会社・JV・支店等を含む概念です(IAS21.8)。J-GAAPでは在外支店と在外子会社等では、それらの法的形式に着目した会計処理・換算方法が規定されていますが、IFRSでは経済的な実質に着目すればそれらは同一と考えに基づき、会計処理・換算方法に違いを設けていません。
(注2) 機能通貨は企業グループ内で、その営業活動環境に応じて異なってくることに注意が必要です。つまり、企業グループで機能通貨は一つに限られるわけではありませんし、一国一通貨というわけでもありません。
(注3) この点についての経営者の意図は取締役会議事録・経営会議資料等において文章化されている必要があります。
(注4) アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(上巻)」(2010年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)1122頁シナリオ3より
(注5) なお、日本電波工業のIFRS移行日は平成12年4月1日であり、2010年3月期の有価証券報告書提出時においてIFRS初度適用企業ではありません(同社2010年3月期有価証券報告書より)。
(注6) 新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」(2010年 清文社)569頁
