第42号 2011年12月6日
メルマガ vol.42 「ケーススタディ㉑ ~IAS9「従業員給付」(現行基準) 

 今回のIFRSメールマガジンではIAS19「従業員給付」(現行基準)を取り上げます。
IAS19に関しては、2011年6月に改訂版IAS19が公表され2013年1月1日以降開始事業年度より適用が求められます(早期適用は可能)が、これについてはIFRS最新情報としてメールマガジンで後日取り上げます。
 IAS19の論点は非常に多岐にわたりますが、今回は現行IAS19を前提にして、日本企業がIFRSを導入するに際して特に注意が必要な論点に絞って検討を行いたいと思います。(注1)
今回のメールマガジンで取り上げる論点は次の通りです。

  1. ■ 退職給付債務算定の簡便法の取り扱い
  2. ■ 退職給付見込額の期間帰属の方法
  3. ■ 割引計算に用いる割引率
  4. ■ 注記開示


簡便法の取り扱い

 まず、退職給付債務算定の簡便法の取り扱いについて考えてみたいと思います。
 J-GAAPでは、原則的な処理を行うことの事務負担や見積りの信頼性及び退職給付の重要性を勘案し小規模企業等(原則として従業員数300名未満)に対し、簡便法により計算した退職給付債務を用いて、退職給付引当金及び退職給付費用を計算することができるものとされています(「退職給付に関する実務指針(中間報告)」第34項(会計制度委員会報告第13号))。さらに連結財務諸表において、親会社が原則的な会計処理を適用している場合であっても、簡便法を適用した子会社の計算結果はそのまま連結財務諸表上に取り込むことができるものとされています(同35項)。
 一方IAS19でも簡便的な計算によることを認めていないわけではありません(IAS19.51参照)。しかし、簡便的な計算を利用できるのは、IAS19の原則的な方法に従って計算した場合とその計算結果が近似している場合に限られており、J-GAAPにおける簡便法をIFRS適用後も継続して適用するためには、その計算結果が原則的な方法による計算結果と近似していることを明らかにする必要があります。もしくは、IAS1における、一般的な「重要性」の考え方により、J-GAAPにおける簡便法をIFRS適用後に継続して適用したとしても、財務諸表利用者の経済的意思決定を誤らせないと判断されれば、J-GAAPにおける簡便法の継続適用が認められるかもしれません。なお、IFRS対応時に検討が必要となる「重要性」の考え方を用いた実務上の対応については、IFRSメールマガジン25号・29号で取り上げていますのでそちらも参照してください。

退職給付見込額の期間帰属の方法
 退職給付見込額の期間帰属の方法について、J-GAAPでは「退職給付見込額のうち当期までに発生したと認められる額は、退職給付見込額について全勤務期間で除した額を各期お発生学とする方法」すなわち期間定額基準を原則的な方法として用いています。
 一方、IAS19では、給付算定式(benefit formula)(注2)によることが明示されています。そして、勤続年数の後半に著しく高水準の給付を生じさせるような場合(back loading、後荷重)には、昇給の影響を除き、従業員の勤務がそれ以上の重要な給付を発生させなくなる日まで退職給付見込額を均等に各期に帰属させる(以下では単に「定額補正」とする)こととされています(IAS19.67)。
 ここでIFRS適用時に実務上、判断が要求される点について触れておきましょう。
 実はIAS19では、どのような場合(=どの程度back loadingであれば)にこの定額補正を行えばよいのかについて明確にしていません。さらに日本に先行してIFRSを適用した欧州では、いわゆるback loadingとなるような発生態様の退職給付制度自体が稀であり、先行する実務事例も乏しくなっています。
 IFRS適用に際しては、自社の退職金制度がback loading的な発生態様をとっている場合(一定の勤務期間経過後に退職金の支給倍率が急増する場合など)は、定額補正を行う必要があるかどうかについて、早めに年金数理人・会計監査人と協議を行うことが重要です。

割引率について
 さて、計算された退職給付見込額は現在価値への割引計算が行われますが、この際に用いられるのが「割引率」です。この割引率についてJ-GAAPとIAS19との相違は(a)割引率の基礎として参照する利回りの対象(国債or優良社債)、(b)割引率設定の考え方(単一かどうか)、(c)割引率変更の要否に係る「10%基準」の有無にあります。

(a) J-GAAPでは、割引率は安全性の高い長期の債券の利回りを基礎として決定するものとされ、ここでいう「安全性の高い長期の債券」とは、「長期国債、政府機関債及び優良社債をいう」とされています(「退職給付に係る会計基準注解」(注6))。
つまり、J-GAAPでは割引率の決定にあたり国債と優良社債の選択は無差別であるということができます。(注3)
 これに対しIAS19では両者は無差別ではありません。割引率の決定に際しては、IAS19では、検討の順序としてまず優良社債(注4)の割引率を参照して検討しなければならず、社債について十分な市場が存在しない国については国債の市場利回りを用いるものとされています。

(b) 割引率の設定に関して、J-GAAP(注5)では、実務上の便宜、情報の入手可能性などの点から、従業員の平均残存勤務期間に対応する単一の割引率を設定していることが多いといわれています。
 他方IAS19では、本来的には見積もられた退職給付債務の給付時期を反映する必要があるため、割引率もその給付時期に対応する割引率を用いる必要がありますが、これは実務上の負荷があまりにも大きいため、期末までに発生していると認められる退職給付見込額の給付時期・金額等を加味した単一の加重平均割引率を使用することもできるものとされています(IAS19.78,80)
 IFRSを適用している欧州の企業の対応調査においても、退職給付見込額ごと、その給付時期を反映した期間に対応する割引率を用いている企業は稀で、単一の加重平均割引率を用いている企業が一般的(注6)とされています。

(c) J-GAAPでは期末の割引率について、退職給付債務の計算に重要な影響がない場合には、割引率を変更する必要がありません。そしてこの割引率の変更を必要としない範囲については、「退職給付会計に関する実務指針(中間報告)」の資料3において具体的な範囲が示されています(いわゆる「10%基準」)。
 IAS19においては、報告期間末日時点の割引率を用いる必要があり、J-GAAPの10%基準のような具体的な数値基準はありません。

参考までにIFRS適用企業の割引率に関する開示例をみてみましょう。


3 重要な会計方針

(10)従業員給付
① 確定給付型年金制度
・・・(中略)・・・
割引率は、当社の債務と概ね同じ満期日を有するもので、期末日において信用格付AAの債券の利回りであります。この計算は、毎年、年金数理人によって予測単位積増方式を用いて行っております。

19 従業員給付
(1)退職後給付
・・・(中略)・・・
保険数理計算のために使用した主要な仮定は次のとおりであります。

(出所:住友商事株式会社2011年3月期有価証券報告書)

 ここでいう予測単位積増方式は、J-GAAPでいう発生給付評価方式の一種(勤務の比例配分による発生給付評価方式)であり、数理計算に基づく評価方式としてはIAS19とJ-GAAPは実質的には同様の考え方にたっているものと考えられます。
 また、この開示例からは具体的にどのような考え方を基礎として割引率の決定を行ったかは分かりませんが、債務が決済されるまでの(残存)期間に着目して、退職給付債務のデュレーションを計算し、計算されたデュレーションに対応する利回りを割引率とする方法なども考えられます。

注記開示項目について
 最後に、従業員給付に関する注記開示についても触れておきたいと思います。IAS19においてはJ-GAAPと同様の退職給付制度の一般的説明や数理計算上の仮定・会計方針といった事項の他に次のような事項の開示が求められます。

  1. ■ 財務諸表計上額への調整を含む、確定給付債務の現在価値及び制度資産の期首残高から
       期末残高への増減明細
  2. ■ 制度資産の主要な投資内容別の内訳、構成比率
  3. ■ 期待収益率の算定方法の説明
  4. ■ 当年度及び過去4年度分の確定給付債務の現在価値、
       制度資産の公正価値、制度の積立超過又は積立不足、
       実績に基づく調整金額

(IAS19.120A)

 このうち特に制度資産の内訳開示などはJ-GAAPにはない特徴的な開示ですので、開示例を見てみましょう。

 なお改訂IAS19では、注記開示がさらに強化されています。特に退職給付債務の企業のキャッシュ・フローへの影響として、期末における退職給付債務の感応度分析(例:割引率が1%上昇した場合に退職給付債務に与える影響額は・・・)、その方法や資産・負債のマッチング戦略についての説明等も要求されることになります。

【参考文献】
●新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」(2010年 清文社)
●アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(中巻)」(2010年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●新日本有限責任監査法人編著「完全比較 国際会計基準と日本基準 第2版」(2011年 清文社)
●新日本有限監査法人編「勘定科目別 IFRS適用の実務ポイント」(2009年 中央経済社)

注1) 従業員給付に関しては今回取り上げる論点の他にも、数理計算上の差異の認識やアセット・シーリングといったIFRS適用時に我が国で検討が必要な論点が多数ありますが、IAS19が改訂されることも踏まえ、これらについては後日メールマガジンで最新の内容を取り扱います。

注2) この「給付算定式」が何を意味するのかについて実はIAS19は明らかにしていませんが、基本的な考え方とすれば「(期末時点において)今、退職給付を支払ったらいくらか?」という考え方に基づくもの、と理解すればよいでしょう。

注3) 但し我が国の実務上は、国債の利回りを参照することが多いとされます。

注4) なお、ここでいう「優良社債」とは格付機関がAAなど一定の格付けを付与した社債を意味するともいわれています(アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(中巻)」p.732)。また「退職給付会計に関する実務指針(中間報告)」第11項も参照。

注5) 2010年3月に公表された公開草案ではIAS19とほぼ同内容に変更されています。

注6) 新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」p.794



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