第44号 2012年01月17日
メルマガ vol.44 「ケーススタディ22~IFRS2「株式報酬」
今回のIFRSメールマガジンではIFRS2「株式報酬」を取り上げます。
我が国では2004年に、会計基準のコンバージェンスの一環として「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号)が公表・適用されており、一般的には大きな会計基準の差異はないと捉えられていますが、IFRS2とJ-GAAPでは、対象とする株式報酬取引の範囲や、権利不行使による失効が生じた場合の処理(注1)等について差異があります。
現行IFRS2の大枠(会計基準の構成)は概ね次のようになっています。
IFRS2で特徴的なのは、株式報酬取引を持分決済型・現金決済型・現金選択権付の3種類の取引に分類したうえで、各々の取引の形態ごとに会計処理を規定している点です。
今回のメールマガジンでは、まず持分決済型株式報酬取引の測定基礎(測定方法)と測定日について考えてみたいと思います。
そして、J-GAAP(ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号))では適用対象とはされていない現金決済型の株式報酬取引についてその概要と会計処理を概観します。
さらにIFRS適用日本企業の開示例を参照しながら、開示上のポイントについて考えてみたいと思います。
持分決済型の株式報酬取引
持分決済型の株式報酬取引についてはいくつかの実務上の論点がありますが、今回は持分決済型の「測定」について考えてみたいと思います。具体的には、会計処理にあたっての「測定方法(測定基礎)」と「測定日」についてです。
(1)測定基礎(直接測定VS間接測定)
まず、大原則として全ての持分決済型の株式報酬取引は公正価値で測定する必要があります。ここで考えてみたいのは、その測定の基礎についてです。
持分決済型の株式報酬取引について、企業は受け取った財貨又はサービスとそれに対応する資本の増加を、受け取った財貨又はサービスの公正価値で「直接測定」するものとされています。但し、企業が受け取った財貨又はサービスの公正価値を信頼性をもって見積もれない場合には、付与した資本性金融商品の公正価値を参照して「間接測定」するものとされています(IFRS2.10)。
ここで「直接測定」と「間接測定」という用語が登場します。複式簿記に慣れ親しんでいる方向けに説明すると、この議論は『「借方」で測定するか?「貸方」で測定するか?』で考えると理解が容易となるかもしれません。

さて、持分決済型の株式報酬取引の会計処理を理解するにあたっては「取引の相手方は誰か?(=取引相手は従業員(注2)か否か?)」という重要な視点があります。この取引相手が従業員か否かという点から、直接測定か間接測定かを判断することになります。
ここで、従業員との取引によって企業が受け取った財貨又はサービスの公正価値を企業が信頼性をもって見積る、ということは通常可能かどうかを考えてみましょう。
企業は従業員に対して給与・報酬という形で現金等を支払っているため、これらが取引の公正価値であるという主張もあり得るかと思いますが、IFRSがいう公正価値、すなわち「知識のある自発的な当事者間で、第三者取引条件により、資産が交換され、負債が決済され、又は付与した資本性金融商品が交換されうる金額」(IFRS2.付録A)とはいえないでしょう。そうすると、従業員との取引については、企業が従業員に対して付与した金融商品(ストック・オプション)の価値でもって(間接的に)費用OR資産を測定するというのが合理的です。そして、これらの金融商品の価値を算出するに当たっては、「連続時間型モデル」の代表例であるブラック・ショールズ・マートンモデルや「拡散時間型モデル」の二項モデル(格子モデル)といったオプション価格算定モデルを用いることになります。
逆に、従業員以外との取引については企業外部の第三者との取引ですので、通常、公正価値による取引が行われると考えられます(企業外部の第三者に対する物品の販売等と同様に考えればよい)。そうすると企業が受け取る財貨又はサービスの公正価値は一般的に信頼性を持って見積り可能といえます(注3)ので、費用OR資産の価値は直接測定するということになります。(注4)
(2)測定日(付与日VS財貨又はサービス受領日)
次に、公正価値の測定日について考えてみましょう。
従業員との取引については、契約時点で等価交換が合意されているという考え方に基づき、金融商品の付与日時点の公正価値で測定することになりますが、従業員以外との取引については企業が財貨を獲得し又はサービスを受領した日の公正価値で測定するというのが合理的であると考えられます。
以上からすると、実務上は従業員との取引はその「付与日」に「間接測定」し、従業員以外との取引は「財貨又はサービスの受領日」に「直接測定」することになると考えられます。
なお、「認識」については、いずれの類型の取引であったとしても、受領又は取得する財貨又はサービスについては、財貨を取得した又はサービスが提供された時点で認識することになります。
現金決済型の株式報酬取引
冒頭でも述べましたが、J-GAAPにおいては持分決済型の株式報酬取引のみを扱い、現金決済型の株式報酬取引については対象としていません。このことがIFRS2の理解を少し難しくしていますので、この「現金決済型の株式報酬取引」について概略を触れておきたいと思います。
まず、持分決済型株式報酬取引の代表例がストック・オプションであるのに対して、現金決済型株式報酬取引の代表例にはSAR(Stock Appreciation Rights:株式増加受益権(注5))やファントム・ストック(Phantom Stock(注6))があります。これらがストック・オプション等の持分決済型報酬取引と異なる点は権利を与えられた人が実際に株式を取得・保有するのではなく、現金により報酬が支払われる点にあります(実際に株式を取得・保有するわけではない)。
保有者にとっての利益はストック・オプションと同様ですが、企業にとってはストック・オプションの発行の場合とは少し異なるメリットがあります。
企業は株式を発行しないため、株式の希薄化は生じませんし、ストック・オプションの権利行使に際して、自社株買いを行う必要もありません。さらには上場企業の場合、ストック・オプションの権利行使に際してはインサイダー規制に抵触するリスクが常に伴いますが、これらの手法によるとそのようなリスクを低減することができます。
現金決済型株式報酬取引の会計処理は、取得した財貨又はサービス及び発生した負債を、当該負債の公正価値で測定するとともに、負債が決済されるまで、各期末に再測定し、公正価値の変動を純損益に認識します。仕訳のイメージは次の通りです。
なお、日本ではあまりこのような株式報酬制度は浸透していないように思われますが、現行のJ-GAAP枠組みの下で考えると、このような取引はおそらく引当金(株価連動ボーナス)のような考え方で会計処理がなされるものと考えられます。
Ernst & Youngの調査(注7)によると、現金決済型の株式報酬制度の採用は持分決済型の株式報酬制度の採用に比べて極めて少ないものとされています。確かに現金決済型の株式報酬制度を採用すると、負債が計上され、毎期末に再測定がなされることからP/Lへのインパクトが発生してしまうという点や、公正価値の算出のためにより複雑な評価モデルの使用が求められることにあるのかもしれません。
注記開示
IFRS2において注記開示が求められているのは大きくは次の3点です。
(1)株式報酬契約の性質と範囲に関する情報
(2)株式報酬契約の評価
(3)株式報酬契約が財務諸表に与える影響
この中でも上記②株式報酬契約の評価の開示では、付与したストック・オプションの測定日時点の公正価値とその測定方法の開示が要求されており、その中で予想ボラティリティの算定方法の開示が求められています。予想ボラティリティは見積りの要素・主観の入る余地が大きく、公正価値算定の結果に与える影響も大きいものであるため、特に開示上は注意を払うべき点です。
IFRS適用日本企業の開示例としてまずは、日本電波工業の開示例を見てみましょう。
上記の通り、同社の開示例では予想ボラティリティがヒストリカル・ボラティリティに基づいていることが述べられていますが、過去のどの期間のボラティリティに基づくものかについては開示がされていません。IFRS2.47.(a).(ⅱ)では「予想ボラティリティの算定方法(予想ボラティリティが実績ボラティリティにどの程度基づいているかを含む)」(下線は筆者)とありますから、
厳密にはこれに関する開示も必要かもしれません。
HOYA社の開示例では、どの程度の間隔で株価を観察したかまでは述べられていませんが、多少の記載があります。
なお、IFRSを適用している欧州等の企業の開示例をみると具体的な株価の観察期間についても言及している例もあるようです(例:「ストック・オプションについては過去××ヶ月の各月末時点の株価の実績に基づいて算定されている。」)。
【参考文献】
●新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」(2010年 清文社)
●アーンスト・アンド・ヤングLLP 新日本有限責任監査法人監修「IFRS 国際会計の実務(中巻)」(2010年 レクシスネクシス・ジャパン株式会社)
●新日本有限責任監査法人編著「完全比較 国際会計基準と日本基準 第2版」(2011年 清文社)
●宍戸善一編著『「企業法」改革の論理』(2011年 日本経済新聞社)
●商事法務編「取締役・執行役ハンドブック」(2008年)
(注1) 権利確定後に付与したストック・オプションが行使されずに失効した場合、J-GAAPでは執行に対応する部分を株式報酬戻入益として利益計上を行いますが、IFRS2ではいったん計上した費用を事後で戻入ることは禁止されています(IFRS2.23)。
(注2) 「従業員」には、すべての管理職員、すなわち、企業の活動の計画、指示及び統制に関する権限と責任を有する人々(業務執行権のない取締役を含む)を包含するものとされています(詳細はIFRS2.付録A「用語の定義」参照)。
(注3) 但しこの規定は「推定する」規定ですので、推定に対する反証はできることになります。
(注4) なお、IFRS2では、従業員以外の相手先との取引は通常、受け取った財貨又はサービスの公正価値を信頼性を持って見積り可能であるという前提がある一方、従業員との取引は受け取った財貨又はサービスの公正価値を直接信頼性を持って見積もることは不可能であると考えています(IFRS2.12)。
(注5) SARとは、権利付与時の株式の価額と権利行使時の株式の価額の差額(株価上昇分)に相当する金額の現金を受領できる権利である。(商事法務編「取締役・執行役ハンドブック」P443(2008年)参照)
(注6) ファントム・ストックとは、付与された権利者が、あたかも当該株式を保有するかのように配当相当額が支払われ、権利確定日まで権利を失わずに保有することにより、権利確定日現在の株式の価額と権利付与日の株式の価額の差額が支払われるというものである。(商事法務編「取締役・執行役ハンドブック」P445(2008年)参照)
(注7) 新日本有限責任監査法人編著「IFRS 国際会計基準の初度適用」(2010年 清文社)P.758参照
